管理画面用ナビゲーション

スペシャル対談 第5回

 

海外で生活し、現地校に通いながら、日本の勉強も忘れず、東大合格を果たした先輩たちの話を聞くシリーズ。今回も現役東大生で、帰国子女の中村榛香さんに経験を語ってもらいました。

 

 東京大学 文科2類  

     

 中村榛香<Haruka Nakamura>

 

大学に入学するまでほぼアメリカで過ごす。

             

高校卒業後、日本に帰国。

2012年東京大学文科2類に入学。

 

東大ダイレクト

日本とアメリカ〜努力を欠かさなかった19年間〜

 

鈴木淳: 東大ダイレクトは海外で頑張っている日本の子供たちのための相談相手になるというコンセプトで、チューターとして東大生を派遣しています。そこで、子供の頃海外で暮らしていた経験がある東大生にその経験を伺うということで前回の嶋田さんに続き、今回は中村さんにいろいろ話を聞きたいと思います。中村さんは海外で暮らしていた経験があると伺っていますが、どの国にどのくらいの期間過ごしていたのでしょうか?

             

中村榛香: 生まれは日本ですが、生まれて数ヶ月でアメリカのニュージャージー州のプリンストンに行き、3歳から5歳の間は日本に帰国していましたが、小学生になる時にまたプリンストンに戻り、その後、シカゴ郊外に引っ越しをして高校卒業までずっとそこで暮らしていました。

                         

鈴木淳: そうですか。ということは、中村さんにとって久しぶりに日本での長期生活が今になるわけですね。

                                     

中村榛香: そうですね。3歳から5歳の間は住んでいたけどあまり記憶には残っていませんね。

                         

鈴木淳: なるほど。では、日本に対するイメージとか、日本に帰国する時はどう思いましたか?

             

中村榛香: 一時帰国ということで毎年日本には帰ってきていたので、そんなに違和感はなかったですね。アメリカの学校は夏休みが日本より早く始まるので、帰国して一ヶ月ほど日本の学校に体験入学させってもらっていました。

                         

鈴木淳: なるほど。では、大学を選ぶ時に、そういった環境で育った中村さんにとって、東京大学をはじめとする日本の大学に進学する選択肢のほかに、アメリカの大学に進学するといった別の選択肢もあったと思いますが、それは考えていなかったのですか?

                                     

中村榛香: そうですね。あまり考えていなかったです。私のようにアメリカに住んでいる日本人は、大学進学の際に日本に帰国して、日本の大学に進学する人も多かったです。それに、毎年の一ヶ月程の日本滞在が私にとってすごく楽しいものであったので、アメリカの大学は全く見学に行くこともしなかったですし、進学することも全く考えていなかったですね。ある意味アメリカに見切りをつけていました。

                         

鈴木淳: なるほど。アメリカに染まってしまう日本人の子供もいるけど、中村さんはそうではなかったわけだね。

           

中村榛香: 親とは日本語で話しますから、家の中でずっと英語で会話するというわけでもないですし、毎年日本に帰国していたからかもしれません。むしろ、アメリカ生活が長かったからこそ日本語がkeepできたのだと思います。

               

鈴木淳: それはどういうことですか?

           

中村榛香: 中学生や高校生の間だけの短い期間だけアメリカに滞在して、帰国した友達の多くは、日本語と英語の両立ができずに苦労していることが多いように思いました。大体、五年ぐらいで帰国するので、英語は上達したけど、その間に逆に日本語が不得意になってしまい、アメリカの大学に進学してしまうケースや、逆に、日本語はできるけど、英語はそんな学べずに帰国してしまったケースがありました。

                                                             

私は生まれて間もない頃からアメリカに住んでいましたが、家では日本語を話していました。外では英語を学び、そして家では日本語を学ぶという、2つの言語を両立しなければならないという環境が長く続きました。そのおかげもあって日本語も英語も維持できたのではないかと思います。長くアメリカに住んでいる友達ほど英語ができるのは当たり前で、日本語もすごくうまい。逆に五年ぐらいアメリカに住んでいた友達は、英語の文法は上達しましたが、日常の会話やインタビューはあまり上手ではないケースもあります。

                                                 

鈴木淳: なるほど。でも、日本の勉強はアメリカに住んでいる間にどんなことをやっていたの?

                         

中村榛香: 小学生と中学生の間は、ベネッセや進研ゼミなどの教材を使って勉強していました。高校生の時は日本語の塾に通いました。その他にプリンストンにもシカゴにも日本人の補習校があったので、週一で通っていました。

                                     

鈴木淳: 補習校は実際どういった感じでしたか?

                                     

中村榛香: プリンストンとシカゴは日本人が多かったので、日本人の学校としての環境は整っていたと思います。でも、中学校は荒れているところもいっぱいあって、私の学年はありませんでしたが、一個上と一個下は、日本語の学校なのに、英語で話す人もいました。学年によると思います。

                                     

                                     

  学校運営機構株式会社 代表取締役社長

 

  東大ダイレクト代表  

     

  鈴木淳 <Atsushi Suzuki>

 

1990年、東京大学経済学部卒業後、日本 興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)入行。 米国Duke大学MBA。

中学1年から4年間オーストリアで過ごし、 グローバル人材育成について問題意識を強く持つようになる。

2010 年、独立。

 

   スペシャル対談一覧に戻る           次のページ

ページのトップへ → お申し込みの流れ   → 会社概要   → 塾長挨拶   → 各国対応時間   → 特定商取引法   → プライバシーポリシー