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子どもの「いじめ」について思うこと

滋賀県大津市での中学2年生のいじめによる自殺が社会的に大きな問題となっています。

 

概して子どもたちは、まだ社会的な分別をはっきりつけることが難しく、「わきまえる」こともできないことが多々あるため、自分たちと異質な(大抵の場合は)弱い者をひどく攻撃することがあるように思います。時にその攻撃は、大人がビックリするぐらい過激で、陰湿だったりすることもあると思います。

 

そしてこの問題は、海外で現地校に通学する日本人の子どもたち(海外子女)にとっても、避けて通れない問題であることが多いです。

 

私や私の弟たちも現地校に通い始めた当初、アジア人がまだまだ珍しかったこともあり、好奇の目でジロジロ見られたり、突然ヘンな替え歌(大抵はアジア人を侮蔑する内容の歌)を見ず知らずの少年たちから面と向かって歌われたりしました。

 


まあ、軽いからかいや陰口は日常茶飯事でした。

 

でも、何が悔しかったかと言われると、やっぱりドイツ語ができないことでした。

 

彼らに対抗しようにも、言葉ができないので、対抗できないからです。

 

そんな毎日で、学校行くのも正直、辛い日々がありました。

 

何せ「居場所」が無いように思っていたのです。

 

ドイツ語は話せません。

髪の毛は黒く、真っ直ぐ、眼も黒い。

鼻は低い。

典型的なアジア人種の私。

 

クラスには心優しい友人も数人いましたが、彼らも正直なところ、私との距離感を計りかねていたのではないかと思います。

 

当時の私は、ドイツ語が上手くなるまでは全てにおいて「ガマン、ガマン」と思って過ごしていたことを思い出します。

 

ところが、ある日のこと。

 

クラスに一人、私に対して一番ちょっかいを出してきて、からかったり、侮辱するようなことを言ったり、手を出したりする「イヤな」奴がいたのですが、そいつがどうしてもガマンできないことを私にしたのです。

 

そいつは私が通学した最初から色々とちょっかいを出したり、いじめに似たことを他の連中と私にやってきた奴で、本当にガマンをしてきたのですが、とうとう私の両親を侮辱するようなことをしたので、もうどうにもガマンできなくなってしまいました。

 

「お前、ふざけるのもいい加減にしろ!」

 

私は大声で日本語で叫び、その場でそいつを柔道の一本背負いで投げ飛ばしたのでした。

 

麻布中学では格技のクラスがあり、私は柔道を選択したので、数ヶ月だけでしたが、ほんの少しだけ心得がありました。

 

そのときの一本背負いは信じられないくらいにキレイに決まり、そいつの身体は床に叩きつけられました。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

休み時間だったクラスには大勢のクラスメートがいましたが、全員水を打ったような静けさ。

 

投げ飛ばされたそいつも、何が起こったかよく分からないような顔でポカーンと口を開いて、こちらを見ていました。

 

そして、その出来事を境に、私の学校環境は大きく変わりました。

 

周囲から認められ、「居場所」ができたのです。

 

もうそれまでのようにガマンすることはしなくて済みました。

 

誰も私をからかったり、ちょっかいを出すことをしなくなったからです。

 

「もう許せない。自分はどうなってもいい。」

 

ホンキで勝負に出ること、その大切さを身を以って感じた出来事でした。

 

いじめには、いじめる側、いじめられる側、が必ず存在します。

 

本当は「いじめる側」をなんとかしたいのですが、でも、当人たちにはその自覚が無い場合もあるのがやっかいです。

 

私は「いじめられる側」の子どもたちを応援したいと思います。

 

「どうしてもガマンできなくなったら、後先は考えず、ホンキで相手にぶつかっていけ!

 

君のその覚悟は、きっと相手に伝わり、いじめる側もあなたの存在を承認し、いじめなくなるはずだ!」

 

と。

 

 


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